サッカーアラカルチョ

一覧に戻る

ヨーロッパフットボール回廊『ローン選手の復活』

21・04・15
 まず題名の「ローン(Loan)」について解明しておかないと「ローンって何?」という方もいるでしょう。言葉の意味合いは貸し付けるとか、融資とかですが、日本のフットボールの世界では通称「レンタル(Rental)」とも言っています。しかしJFA規約上は「期限付き移籍」と読み替えています。

 つまりAという選手がYクラブと契約関係がある場合、シーズン開始時期、あるいはシーズン中にZクラブへ移籍する場合が多々あります。これがLoan(ローン)契約です。

 例えばリバプールクラブに所属(契約している)していた南野選手が今年1月からサウサンプトンへ移籍しましたが、この移籍はLoan(ローン)です。文字通り期限を決めてその期間だけローン先のクラブでプレーする移籍行為です。通常期限は1年未満が普通ですが、南野選手の場合は今シーズン終了まで(プレミアリーグの最終戦5月23日まで)です。その期間の選手の報酬は、原則登録先クラブ(南野選手の場合はリバプール)が全額負担ですが、高額選手の場合は折半が多いのが普通です。ローン移籍期間が過ぎれば当然元のクラブへ戻るのが原則です。

 このローン対象となる選手は多岐に渡ります。若手ユース、U23の選手については、実戦経験をさせるため下位の試合に出られるクラブへのローン。トップ選手でもクラブでの出場機会が少なくなった選手を他クラブへローンし、いくぶんでもコストダウンを図りながら、その選手の出場機会を増やす意図も多くみられる契約現象です。

 いかに能力があっても監督のシステムに合わない選手もいます。といって移籍させるには高額な移籍金が発生し、その選手を獲得契約できるかはクラブの経営状態にもよりますので、なかなかマッチングしないケースが多いのが実情です。

 現在プレミアリーグは終盤にかかり、あと7試合(チームによっては6〜8試合残しているクラブもある)で5月23日シーズンが終了します。

 シーズンも終盤になると各チームの目標は
1.リーグ優勝 

2.トップ4に入り来シーズンのヨーロッパチャンピオンズリーグへの出場権を獲得する

3.上記が叶わぬ場合の5位確保で来シーズンのヨーロッパリーグの出場権を獲得する

4.ボトム3の降格を避ける
の順番になります。

 4月11日現在、リーグ優勝はマンチェスターシティ(勝点74)がほぼ確実であり、2位のマンチェスターユナイテッド(63)に11勝ち点の差を開けている。トップ4に入るのは3位レスター(56)、そして4位ウエストハム(55)、5位チェルシー(54)、6位リバプール(52)が勝ち点4の差で競っておりまだ予断できない状況です。

 プレミアリーグではビッグ6と呼ばれるクラブが常時トップ4の席を争っていますが、今シーズンは上記のウエストハム・ユナイテッドが予想外の活躍を示しベスト4に入る可能性が出てきました。

 このウエストハムの活躍の立役者がローン選手Jesse Lingard(ジェッシ・リンガード)です。

 今年1月、マンチェスターユナイテッド(MU)からローン契約でウエストハムに移籍してきた28歳のフォワード選手です。彼がウエストハムのシャドー・ストライカーのポジションから、既に9試合8得点3アシストと大活躍。1月3日の時点で10位であったのが、現在トップ4となり勝ち点55。これから7試合を残しトップ4に残れれば、ヨーロッパのチャンピオンズリーグに挑戦できることになります。

 リンガードはマンチェスター西部のワ―リントンの出身、MUのジュニア―アカデミーに7歳から加入し、2011年『The FA ユースカップ』で優勝、MUとプロ契約を果たした。その後2015年8月MUに戻るまで、ローン選手として多くのクラブを渡り歩いたのです。そのローン先は下記4クラブに及んでいます。

2012−13年:レスターシテイ(ローン)21歳
2013年   :バーミンガムシテイ(ローン)
2014年2月 :ブライトン(ローン)22歳
2014年8月 :MUデビュー(MU監督は現在ウエストハムのモイエ氏)
2015年2月 :ダービー(ローン)23歳
2015年11月:MUに戻り初得点
2015年11月イングランド代表選手として対フランス戦フレンドリーマッチに選出される。
2016年10月イングランド対マルタ戦W杯予選出場

 2018年のロシアワールドカップのイングランド代表として選出され5試合スタメンで出場、ベルギーとの3位決定戦ではサブとして出場しています。ローン選手としての経歴から育ったトップ選手です。

 しかし、2019年以降MU監督ソルシアーの戦術がシャドー・ストライカーとしてのリンガードをワイドで使ったこともあり、彼の持ち味の得点感覚が生かされず低迷。その為イングランド代表の座からも離脱させられてしまいました。

 そのリンガードをよみがえらせたのがウエストハムのモイエ監督です。彼は2015年MUの監督としてリンガードのスキルとその得点感覚を買ってデビューさせたこともあり、今年1月ローンでMUから移籍させたのです。

 その効果は絶大でした。ストライカーのアントニオ、そして若手のホープ、ブラウンとも息の合ったコンビネーションで得点を量産させています。

 このままいけばプレミアリーグベスト4も夢ではなく往年の「イングランドのアカデミーフットボール」と言われたウエストハムの復活はロンドン東部のサポーターにとっては久しぶりの快挙となること必至です。1966年のW杯優勝の立役者ボビー・ムアー主将はじめとするハースト、ピーターズのウエストハムが復活し、またヨーロッパへ進出できるかは今後の7試合、ローン選手リンガードの活躍にかかっているといえます。

 そしてその後はどうなるのか? 再度MUへ戻るのか、そのままウエストハムに完全移籍するのかリンガードの行方に注目です。現在時点MUとウエストハムとの移籍交渉は行われていません。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)

伊藤 庸夫